専門家とお客様は、話している「言語」が違う!?
今回の相談者は中野区在住のAさん(53歳)とその長男(24歳)。Aさんとは、私が隣地のB家の売却のお手伝いをしていたとき、「私たちの自宅は道路に接していないから、地続きだし一緒に売却できないかしら?」と声をかけていただいたのがきっかけで知り合った。そして、今度ご主人とも一緒にゆっくりお話しを聞くことにして、10日後に会う約束をした。
そして、いよいよアポイントの日が迫ってきたとき、Aさんから電話があった。
「松尾さんアポイントの日を変更することはできますか?」私が「いいですよ」と応えると、続けて「実は、昨日主人が亡くなりまして、いまバタバタしているので申し訳ありません…」ということだった。ご主人は昨年定年退職して、毎日元気に庭いじりしているという話を聞いていたので、つい聞き返してしまったくらい本当に驚いた。
専門家は外国人??お客様が感じた専門家との距離
暫くして、Aさんから「息子と、私の妹夫婦も同席でお話ししたい」と連絡があり、さっそく伺うことになった。突然のご不幸のこと、家の売却は進めていきたいということ等を話していると、「松尾さん、名刺に”相続と税に強い不動産の専門家”って書いてありますけど相続のことも相談してもいいのですか?」とAさん。もちろんOKだ。
さっそくAさんに、今どのような状況なのかについて尋ねてみた。すると、「相続に強いという税理士さんに申告など一切をお願いしたんです。今後のことなどを色々と聞いたのですが、実はわからないことばかりで。」と、ため息をついた。
「相続税を0円にするために小規模宅地の特例を使うと聞いたのですが、それを使うために来年まで不動産は売れないといわれました。どういうことなのですか?そうするしかないのですか?あと、いま売る必要はない、とも言われたのですが本当にそうなのでしょうか?」
上記はAさんからの質問の一部だが、どうやら、担当税理士さんとの面談では専門用語が飛び交い、相続の手続きの流れや、言葉や内容(税制・特例)のことを専門用語で、Aさんが理解しているかどうかを確かめることもなく進み、Aさんは呆気にとられて、何をどう聞けばいいのか分からなくなってしまったようだ。『まるで外国人と話しているみたいだったわ。』ともおっしゃっていた。
特にAさんは突然相続に直面したために、不動産のことも全て自分でやることになり、とにかく不安を抱いている様子だった。
お客様の表情が全てを物語る
私は、Aさん・長男・妹夫婦へ、分からない専門用語については噛み砕き説明し、質問には専門用語を使わずに口頭で回答していった。
・小規模宅地の特例のこと
・今このタイミングでないと売れなくなる可能性があること
・もし売却できたとしても再建築不可の土地になるため価格が相当下がる可能性があること
・隣地であるB家も相続による売却で申告期日が迫っており、買主の分譲計画から考えても、もし売却するのであればスケジュール的に時間がないこと
こうした状況などを回答しながら、皆さんと話をしているうちにあることに気が付いた。それは話を聞いている4名の理解度がそれぞれ異なっているということだ。
松尾の推測 お客様の動き
Aさん … 全部は理解していない 眉間にしわが寄っている(目を細める)たまに頷く
長男 … 理解しているふり? よく頷いているが、たまに眉間にしわが寄る
妹 … 興味がない? 全く動かない
義弟 … ほぼ理解している 私の方を向いて頷いている
上記の【松尾の推測】について、本人に直接確認した。推測とおりではあるが4人の中で一番理解できていなかったAさんに話のレベルを置き、その場で絵や図を使って表現したりしながら私は話しを続けた。この時、Aさんと長男さんは特に身を乗り出して見て、『なるほど、こういうことだったのか』『いま売らずに未接道の土地となって売れなくなるなら、多少税金を払ったとしてもいま売った方がいいじゃない』『来年まで待たないといけないと思ったけど、いま売ることも出来るのね』など、Aさんをはじめ、皆さんが理解して腑に落ちた様子だった。
Aさん一家の相続チームを結成!
ひと通り話しを終えたとき、Aさんは迷いが吹っ切れた表情(笑顔)で、『ようやくわかったわ、税理士の先生が伝えたかったこと。そして私たち家族がどうすればいいかということ。やっぱり売却することに決めたわ』と言った。そして『松尾さん、何も知らない私に、丁寧に分かりやすく話して、伝えてくれて、本当にありがとう。これからも松尾さんにお任せできるなら、私はとても安心できるわ。』と、嬉しい言葉を頂戴した。
それから、Aさんは分からないことがあれば私にすぐに電話を掛けてきてくれる。また、税理士さんに私を紹介していただき、Aさん一家の相続チームを結成した。現在、私は売買の実務担当と、通訳(相続や不動産の専門用語を分かりやすく伝えサポートする役目)として、Aさん一家専門チームと打合せしながらスムーズな相続、住み替えのお手伝いを続けている。
遺産相続コンシェルジュからのアドバイス
相続や不動産の現場では、専門家が一般の人に対して、難しい専門用語を使って説明していることも多く、お客様は、ほとんど内容を理解できずに置き去りにされていることがよくあるのではないだろうか。もしもお客様が本当の内容を理解できていないまま話を進めて、それが実はお客様が望む方向・結果では無かったとしたら、それは専門家として目も当てられないことになる。 私たちは、個別相談や専門家の方からの紹介で、お客様とお会いした時、表情や目線、頷き方などをよく見ながら話すように気を付けている。お客様の中には分からないことを上手に聞けない方や、遠慮して聞くことができない方、自分の思っていることを伝えるのが苦手な方も多くいる。私たちはそのような方々のシグナルを見逃さないように心掛け、時にはお客様と専門家の間の通訳となり、ともに理解を深めながら相続・不動産のサポートを実行している。 難しいことを難しく言うのは簡単だ。しかし、果たしてそれが本当にお客様のためになっているのか。果たして本当のプロなのだろうか。難しい内容をお客様にどうやってわかりやすく伝えるか、理解していただけるかを常に考えていくことが、お客様の立場に立った本当のコンサルティングではないかと思う。(記:松尾企晴)